抱きしめ合ったら脇汗

1年ごとテーマの変わる冬眠型もてらじ村民ブログ

初デート

 

 

うん、そう、前に佳奈ちゃんと一緒に行った3対3の合コンの時の。
うん、そう、あのメガネで背高くて一番左にいた人、うん。


デート今日したんだけどね、はぁ…


まず20分遅れてきてね。
うん、でもそれ自体は構わなかったの、私も遅れることあるし。


でもそもそもね、デート誘ったのもね、場所指定したのも彼のほうだってのもちょっとあるし、
何よりね、遅れた時さ、謝罪とかまで言うつもりはもちろんないんだけど、なんかこう、反省してるの見せてくれるとかさ…ううん、ホントちょっとでいいんだよ、だってこっちも許したいじゃない?


デート始まるのこれからなんだもん。楽しくしたいしさ…
でもね、彼、第一声からね、まず文句なの。


バスが遅れたのとかは仕方ないことだよ?
でも先にね「ほんっとにゴメンね!」とか一言でも言ってくれたら、それで良かったのに…


でね、お互いの仕事終わってからの待ち合わせだったから、
その時もう8時で、私お腹すいてたんだ。


だから、ごはん食べに行きたかったのね。
場所を指定してきたのが彼だったから、予約とってるまでは期待してたわけじゃないけど、
お店の見当くらいはつけてると思ったの。私あつかましいかな?でもそう思うよね普通?


そしたらね、はなまるうどん行こうとか言うのね。


「俺、丸亀製麺よりはなまるのダシが好きなんだ」
とか言って。いや、うどん、美味しいよ?なんなら私も好きだよ、はなまるうどん


でもさ、初めてのデートだよ?そこで、かけうどん130円はちょっと淋しすぎって思ってもいいよね?私今年29だよ?なんならその彼30だよ?
しかも、私の反応を待つまでもなく、はなまるうどん探し出しちゃってね…


でもやっぱりそれはあんまりだと思ったから、
待ち合わせの場所から5分くらい歩いたら私の知ってるお店あること思い出して、そこ行こうって言ったのね?


そしたら、「それなら俺も並木地区にいい店知ってるから、そこ行こう」って…


並木地区だよ?
そこから歩いたら50分くらいかかるんだよ?


しかも
「この距離でタクシーもったいないから喋りながら歩こう、俺歩くの好きなんだ」
とか言い出してね。


私ヒールだよ?
しかもお腹空いてるって何度も言ったんだよ?私。
ランチ軽くしか食べてなかったから、本当にお腹空いてて。


それに、そんなやりとりしてたら、その時点でもう8時半くらいになってるんだよ。
私なんだかちょっとイライラしてきちゃって、結構強引にその歩いて5分の知ってるお店に連れてったのね。


で、お店入って、喋り始めたんだけど、話がね、その、すっごくつまんなくて…


食事始める前段階までの印象がすでにさ、だいぶ良くないでしょう?
だから、そのせいかなぁとも一瞬思ったんだけどね、


「…あ、知ってる?三角形の内角が180度ってね、実は証明されてないんだよ!」
とか、そんな話ばっかりなの、ホントに。


いや、話してくれるのは助かるよ、うん、助かるけど、びっくりするくらい興味ないことばっかりでね…
スカイラインスカイラインGTRの違い、とかずっと喋ってたよ…
私、相槌を打つのも辛くなってきちゃって、後半ほとんど無視してたと思う…

 

あ、今その彼からメール来た!…あそうだ思い出した。
今メールアドレスに来たんだけど、その理由も話していい?


彼、LINEやってないって言うのね。いや、それ自体は別にいいと思うんだよ?でもね、
「連絡取りたいから、カカオトークのアプリ入れてよ、俺カカオトークしかやってないから」とか言ってくるんだよ。


…なんでそんなの入らなきゃいけないの?
誰がやってるのカカオトークとか?
私のまわりに誰もいないよ、少なくとも。


そもそも、なんでそんな印象最悪の人のためにね、私がカカオトーク入れなきゃなんないんだろって思…
いや、こんな風に思うの良くないってわかってるよ?でもその流れだとそう思っちゃうじゃない!


私だって、合コンの時に、ちょっといいなって思ったからデート行ったんだし、
譲れるとこは譲りたいくらいの気持ちはあったよ?


でももう、どうしても無理だったから、じゃあメールアドレスに、ってことになって。
久しぶりだよ、人に携帯のメールアドレスなんて教えたの。

 

ちょっと待ってね、メール何て書いてあるんだろ…

 


『今日はありがとう!お店もなかなかいい店だったね。
でも今度は俺のオススメのお店行こう!今日は遥ちゃんの連れてったお店なのに俺が奢ったから、次、俺の連れてくお店では遥ちゃんが奢ってね!ww また連絡するね』

 

 


…なにこの人ー!!!
なんなの!この人なんなの!?ヤダもー!
なにこの奢ってあげたアピール!あぁ私もうダメだ…気持ち悪い。wwとか何…だめ、笑えない、全然笑えないよ私!また連絡して来ないで欲しい!!

 

佳奈ちゃんゴメンね…もう電話切って寝るよ私。疲れちゃったかも。
うん、寝て忘れることにする。話聞いてくれてありがとね、あぁもう無理。私ムリこの人。あーダメだ。

 

あー
普通でいいのに…
こっちだってもう20代後半なんだから、高望みなんてしてるつもりないのに…
普通の男の人でいいんだけどな、それも贅沢なのかな…
あー…うん。寝よう。寝る。

 

おやすみなさい。はー

 

 

陽だまり

 

 


「自分が価値のある人間かどうかだなんて、
 80過ぎたこの年になったって、分かりゃしねいよお。
 だから、いいんだ。お前さんもそのまんまで。」


おばあちゃんはそう言うと、
さりげなくチョキにした指を、

「火の国熊本!!!」

と突然叫びながら、僕の両目に突っ込んだ。


その衝撃で、
僕の肛門に入れてあったゴルフボールが
夕陽の射す縁側に転がった。

 


気がつくと、僕の顔の上で、
家族が顔をのぞかせていた。

「あ、気がついた」

「よし、母さん。あのレンコンにからしを詰めてくれ」

「はいはい。ジャスミンのつぼみは、夕方に開きはじめますからね」

 


僕はうつろな意識の中で、

(そうか。思い出をたくさん作るのが、人の一生なのか)

と、少しだけ何かが分かった気がした。

 

いっぱい

 

 

 

 


「昔流行ったろ?元“弁当男子”だからさ俺。まかせてよ」


私は会社で毎日、夫の作った弁当を広げる


「いいんだよ。作るの楽しいんだ」


前の夫に暴力を振るわれ続けた話をしてしまったせいだろうか

そのせいで哀れな女に思われて優しくされているのかと

疑ったりもした

 

そんな私の疑心なぞおかまいなしに、夫はただただ明るく、私に優しかった

 

夫の作る弁当は、濃い味付けの好きな私には少し薄かったけれど、弁当箱を開けた瞬間に分かるほど、それには愛情が詰まっているのが分かった

 


年老いた両親や兄弟、仲良しの友人数人は、前夫との暴力の事を知っている分、今の夫をとても気に入って

「よかった。本当によかった」

と涙を流して喜んだ

 

 

私の暗めの性格からは、夫は太陽のように見えた

 


毎日毎日、優しく、眩しい日々が続いた

 

毎日

毎日

夫は眩しく

弁当からは愛情が溢れていた

 

毎日

毎日

幸せは続いて

夫はずっと明るくて

 

 

ある日私の心は
いっぱいになった


何かで、いっぱいになった

 


何かでいっぱいになった私は
誰もいなくなったお昼休みの社内で

 

夫が作った弁当の中身を
ゴミ箱に捨てていた

 

 

メンタルエイズ

今は、男が弱い時代らしい。


僕はといえば、流行りものに敏感だからか
はたまた自分がないからなのか分からないけれど
もれなく弱い。


特に精神的に弱いらしい。
親にも、先生にも言われ続けてきた。



学生の頃、陸上の大会に出場して、競技場の個室トイレでうんこをしていたら

他校の生徒達がトイレに入ってきて僕の事を喋ってるのが聴こえてきた。



「西高のアイツ、練習はいいけど本番いつも大したことないから大丈夫。うち勝てるぜ」


本番。
その予言通り、僕は負けた。




そのうち、そんな弱い僕にも、恋人ができた。
僕を信じて、好いてくれた。

でも僕は恋人を信じることができずに、裏切った。
(何故か裏切った僕の方が号泣して、彼女を呆れさせた)



また、恋人ができた。
今度は心をまっすぐに覚悟を決め、彼女を信じた。

すると今度は、気持ちのいいほどにスッパリ裏切られた。


またまた恋人ができた。
一緒に暮らすようになり、社会人としても、真面目に働いた。
つもりだったが、頑張りすぎたのか無気力になり会社に行けなくなった。

1週間ぶりに事情を話しに会社に行ったら、その時付けでクビになった。
呆然としたまま会社から出て、とりあえずメールチェックすると、

恋人からメールが入っていた。

『本当は最初から、あまり好きじゃありませんでした。ごめんなさい別れます』

 

急いで家に戻ると、引越しは完全に終わっていた。


ショックのあまり立てなくなりそうだったが、すがる思いでなんとか病院に行くと
真面目に見えるけれど、心の奥にただならぬ性癖を秘めてそうな、50歳前後の男性医師が言った。

エイズです。」


・・・・・え?


「いえ、と言ってもHIVの方ではなくて、通称メンタルエイズと呼ばれてる症例です。
そして、気をつけて欲しいことがあります。

あなたの心、つまり脳が今後、再び何らかの外的要因で傷ついた場合には、もうご自身でその傷を止めることはできません。」


・・・はぁ


「なので、今後は傷つかないように生活して下さい。なにしろ、ストレートに命に関わりますから。」










病院からの帰り道に適当に服を買い、明日からはもう会社に行く必要がないので、着ていたスーツをゴミ箱に捨てた。


スマホは、ホームレスのおっさんにあげた。


その日から
家族や少ない友人たちにも、僕の居場所は分からない。





ついでに言うと、ここが一体どこなのか僕自信もよく分かってない。




ただ一つ言えることは、毎日が平穏なこと。
だってこうして僕はまだ生きてるのだし。

 

 

 

 

ホーリーナイト

 
 
 

君が
最後にうんこを漏らしたのは
いつだったかな


と、そんな冒頭の小説を、僕はまだ見たことは無いが

小学生の頃
「がまんだ がまんだ うんちっち」
という絵本なら読んだことがある。


小学生が下校のさなか
紆余曲折を経つつ

ただひらすらうんこをガマンするという少年的ロマネスク(?)を感じられるその絵本は、

短編ながらも緊迫感あふれるスペクタクルな仕上がりになっており、


当時ヒマさえあればうんこを漏らしていた僕にとってのまさにバイブ、もとい、バイブルであった。



小学生男子にとって、うんことは特別なものであり、それが成長しやがて成人男性となっても、

うんこにまつわるストーリーのひとつやふたつ、ユーモラスかつキュートに話すことができなければ、

今や会社の面接にだって受からない。



そんな現代社会なのであるから当然、言わずと知れたフリー百科事典のWikipediaにだって、

うんこは載っている。



以下、ウィキペディアより抜粋すると、


【糞(くそ、ふん。くそは「屎」とも表記)とは、動物の排泄物のうち消化管から排泄されるもの。


糞便、大便、(俗に)うんこ、うんち、ばばや、大便から転じ大とも呼ばれる。


(うんこ、くそについては)転じて、
取るに足らない物、無意味な物、役立たない物、不必要な物を指して、このように形容する場合もある。】




うむ。

身近でありながらそして深いのである。

うんことは。



そしてその深さ(肥溜め的なやつ)は、
その後に続く目次を見ているうちに気が付けばズブズブと、僕らの腰までずっぽりと嵌めてゆく。


以下、僕が好きな項目を抜粋させてもらいたい。



【形】
に始まり、

【糞の利用】
【飼料・食糧としての利用】

ときて、

【目印・確認用としての利用】

あたりからは、なんだか笑顔さえ浮かんでくる。


たたみかけるようにして、

【慣用句としての糞】
【糞と名の付く食べ物】
【糞から「ウンコ」へ。その語源】
【「うんこ」と「うんち」の違い】


と、もうどうでもいいところまで、延々とうんこにまつわる説明は続き、糞フリーク(糞フレークではない)のぼくらを飽きさせることがない。



ここまできたら、もう最後までイかせてもらうと、

【文化面から見た糞】
【糞に関する注意点】
【糞と社会問題】

そして

【糞尿だらけだったパリ 】

と、花の都パリでさえ、とどのつまり、

うんこなのだ。



目次からして、すでにこれであるから、うんこの深さ、感じていただけたことと思う。




さて、ここで話をいったん冒頭に戻そう。
僕は今回のこの日記を
「君が、最後にうんちを漏らしたのは、いつだったかな」
という文から始めた。
これには、だいぶまわりくどい回り道をしたが、
ちゃんと意味があったのだ。





つまり、僕は今、うんこを漏らしている。




「またぁ、ネタ書いちゃって」


と、思う方もいるかと思うが、

そこは本人としても残念というか、

もう無念の極みとしか言いようが無いのだが、

本当である。



思い起こせば25歳のころ、

(これはマトモな社会人男性ならば誰もが必ず、百人中百人が通るべき道であるはずだと思うが)
“ひとりうんこ我慢ゲーム”の、車運転中バージョンをして遊んでいて計算ミスを犯し、座高が少し高くなってしまった、

あの時以来の失態である。


ここまでの長い文を書いてきて、

その冒頭からずっと僕のこの、愛用のボクサーパンツの中には、うんこが入っているのだ。



UNKO IN THEパンツ。



いま僕が誰かに、

「くそったれ!」と言われれば、

「はい、そうです」と言うほかない。


志村けんっぽく、言うほかない。




「早くトイレ行け!」と思った方、

ちょっと待ってほしい。


うんこをインザパンツしながら、こうして全世界に向けてライティングしている、僕の男としてのこのスピリッツを、無にしないでほしい。



そりゃ、感触だって最悪だし、うんこの匂いもする。


でも、屁だと思ったんだ。本当だ。


一応、疑いもしたし、慎重に出した。

だけどうんこだったんだ。

もうどうしようもなかった。


過去は過去、と僕は自分に言い聞かせて、

UNKOインザパンツで、スイッチオンザパソコンした。


その気持ちだけ汲み取ってもらえたら嬉しい。

僕のうんこは汲み取らなくていい。


それは僕が責任を持って事にあたるし、
おしりだってちゃんと拭くつもりだ。






ここまでついてきてくれて、どうもありがとう。

僕はこれから色々とやらないといけない事があるから、

そろそろ行くよ。



そして最後に僕からみんなへうんこを込めて、

アメリカの俗語で、直訳すれば(聖なる糞)となる

激しい驚きを示すこの言葉を叫んで、この記事の締めくくりとして、終わりたいと思う。

いや、終わりにさせてください、おしり気持ち悪いんで。



Holy shit!!!

Thank you!!!!!

あの日に置いてきた

 

 

 

ギターといえば、まだエレキではなかった


アコギなんて言葉もまだない頃
僕はアコギをもらった


ポロン


よく
「女の子にモテたくて始めたんですよ、よくあるやつです。そしたら何時の間にかキャリアばかり長くなってしまって…」

なんて
ミュージシャンのインタビューによくあるけど


動機は同じでも
そこまでの情熱すら持てない僕は

ただ
アコギをポロポロ鳴らすだけで
コードを覚える気すら無かった

 

 


ユミちゃんは
そうして何年も放置されていた僕のアコギを弾いた

 

 

美人ではないかもしれないけど
肌が白くて
ミッキーマウスのマネが得意という、ちょっとあざとくて、

でも可愛らしい娘だった

 

ユミちゃんが弾いた僕のアコギは
急に魅力的になったように思えた


だから僕は
アコギをプレゼントした


「ホントにいいの?」


そう何度も繰り返して
とても喜んでくれた

 

 

ユミちゃんの事が好きだったのかどうか
僕は今でもよく分からない

でもセックスはしたし
一緒に花火もした

 

ユミちゃんは
「あたしたちって、どういう関係なの?」
と聞いていた

何て答えたかは覚えてない

 

 

 


一瞬の季節だった
ユミちゃんは他の誰かと結婚したらしい


なんでもないそんなあの頃を
僕はふいに思い出していた

 

 

 

 


プルルル…


プルルル…

 

 

 

「あ、もしもし?母さん?オレだよ、オレ…うん、実はさ…」

 

 

ワンルームの仕事場に無数に横たわる携帯電話の中

僕は今日も一日中電話をかけまくる

 

その携帯電話の一つを横目に見ると


ユミちゃんと連絡を取り合っていた
あの頃の携帯電話に似てる気がした

 

 

 

なつのさくぶん

 

 


【きょう、おもったこと】


3ねん1くみ いいもり ゆうた

 

きょう、ぼくはふと思いました。

 

隣のせきの、なかよしの揚子江くんに


「そんなのこうすればいいんだよ。」

とか


「それはきっと、わからないのが普通だから、
思うようにしてみるしかないんじゃないかなぁ?
しっぱいしない方がおかしいんだから、そんなやり方で大丈夫だと思うよ。
揚子江くんはまちがってないよ。」


なんて
分かったようなことをぼくは、ほざきます。


だけど人には言えるのに
意外とぼくが似たようなことにぶちあたった時には
その局面が打破できないです。


それにふと気づいた感じです。

 

だから僕はこれから、

なにか答えが無いようなものに困ったら
隣のせきの揚子江くんに言ってあげるように

ぼくがぼくにアドバイスをしてあげようとおもいます。


おわり

 

 

 


【せんせいから】

 

ゆうたくんは

どんな家庭環境で育っているのかが、

とりあえず先生は興味津々です。


そして、(今日)とか、

3年生が書けるはずの漢字が書けなかったと思ったら、

(隣)とか、揚子江くんの漢字が書けたり、

ですます調で書いていたと思いきや、

(ぶちあたる)とか(ほざく)とか言う表現が出てきたりと、

ちょっと色んなムラがあるのが、やんちゃなところかな。

 

あとは、(局面を打破)という言い方とかを

どこからおぼえてくるのかとか、

そんなところも気になります。

 

ところで、
先生からひとつ、聞いてもいいですか?


ゆうたくんは一番後ろの一人の席だから隣は誰もいないし、


揚子江くんという子は、クラスにはいませんよね?

 

ガリガリ君CM2015夏

 

 

 

「考えすぎたら、疲れちゃう。」


友達がぽつりと、僕に言った。


「そんなの当たり前と思うかもしれないけど、

脳はダムみたいなものだから、

考えすぎて水が溜まればいつかは決壊しちゃうんだ。」

 

その時僕は、よく意味が分からなかった。

今思えば、僕のダムは、まだまだいっぱいじゃなかったんだ。

 

それからすぐ、その友達は死んじゃった。

 

僕は少し大きくなり、あの時友達が言っていたことが、

すこしだけ分かってきた。


彼ほどではないにしろ、たくましくなかったみたいだ。


僕の脳にも今では、あの時の彼とおんなじ水が、たくさん溜まっている。

 


サクッ

 


「・・・・・おいしい」

 

ガーリガーリー
ガーリガーリー
ガーリガーリー

 

 

 

チョコレート戦争

 

 

今日、仲良しだった友達が


「あいつは暗いからキライ」


って僕のことを言ってるのを聞いたんだ

 

確かに僕は明るくないと思う

でも、楽しいことは好きなんだ


だけど、どうやってみんなの中で

笑っていたらいいか、分からなくなっちゃったんだ

 

だけど僕にはチョコレートがある

チョコレートをお腹いっぱい食べれば

たいていのことは甘さの中にかき消されてしまうから

 

ひとりぼっちは淋しいよ

でも僕には友達を作る力はもうないんだ


両親は優しいけれど、

それを解決してくれるなんて、思ってないよ

もう何かに期待するのも疲れちゃったんだ

 

学校にいくのはもう嫌だな

でも、こんな僕が社会人になんてなれるのかな


親の世話になるのも嫌だな

でも、僕には自信がこれっぽっちもないんだ

 

僕は病気なのかな

いっそ病気だったらいいな

それなら希望がもてるから


ああもうチョコレートが無くなっちゃった

また買いにいかなくちゃ


世の中のみんなは本当に、

みんなマトモに生きているのかな

僕には信じられない


外に出て見るお店の人や、働いてるひとは

すごくマトモに生きているように見える

それが普通なの?

どうしたらそんな風になれるのかな

 

だって僕には、闇しか見えない

みんなには、何が見えているの?

暗闇の中に吸い込まれていく恐怖に

狂いそうになるのを、いつもじっと耐えてるだけ

 

僕の逃げ道は、チョコレートだけ

おかしいですか?

おかしければ笑ってください

笑われても、僕はなんにも感じませんから

 

 

 

 

 

 


今日で、チョコレートを買うお金が尽きました

あいかわらず、僕には闇しか見えません

でも僕は、チョコレートがなければすぐにでも

目の前の闇にのまれて狂って死んでしまうので


働くことにしました


すごく恐いけど、闇にのまれるのはもっと恐いので

仕方ありません

僕にはチョコレートを買うお金が必要なんです


学校は、やめました

友達だったみんなは、僕がアルバイトをしているのを見たら

馬鹿にするかもしれません

せっかく有名な学校に入ったのに、と


大きな組織に就職しなかったらいけないと、みんな言っていました

じゃあ僕は今、いけない人なんでしょうか?

僕にはこれでも精一杯です


アルバイト中にたまにぶつけられる悪意だけでも

どうにかなりそうです


でも、チョコレートを買うお金が入ると

とても充実感がありました

僕は小さい人間ですか?

もしそうなら、もうそれで構いません


僕の今は、生きるか死ぬかの二択しかありませんから


生きることも、死ぬことも、とっても身近です

 

 

 

 

 

「チョコレートが好きなの?」

休憩時間、チョコレートばかり食べている僕に

そういって話しかけてきた女の子がいました


「はい。ほとんどチョコレートしか食べないです」

と言うと、女の子は笑いました

その笑顔がとても可愛くて

僕はその女の子が少し、好きになりました


カラッポの僕の人生の中に入ってきたその女の子は

たちまち僕の中をいっぱいにしました

気持ち悪いですか?

でも、僕にとってその女の子の存在は、

生きるか死ぬか二択だけの今までとは違う、人生の厚みでした


一人で考えれば考えるほど、

相手の女の子がどう思っているかに関係なく

僕の想いだけがふくらんでいきました


アルバイトの終わる時間が

その女の子と重なったある日、

すこしだけ話しをしました


僕は勇気を出して、

君のことが好きです、と言いました


女の子は

「嬉しいけど・・・ごめん」

と言いました


嬉しくなさそうでした


勝手に盛り上がっていた自分に気付いて

僕は反省しました


「いえ、こっちこそ、ごめんなさい」

そう言って、僕は彼女に謝りました

 

すごく反省して、すごく恥ずかしくなりましたが、

不思議と、暗い気分にはなりませんでした


女の子は、気まずそうに帰りました


僕はしばらく、そこに立っていました


ポケットに入れていたチョコレートは

少しやわらかくなっていました

 

喫茶メープル

 

 

 

久しぶりにヒールのある靴で歩いたせいで、
足が痛くなってきた頃に、

たまたま入った喫茶店だった。


私はホットケーキが幼い頃から好きで、
バターとかではなく、
メープルシロップをかけて食べるのが
何より嬉しいおやつだった。


だから、メープルという名前のその喫茶店と、
お店の入り口の黒板に書かれた、
メープルシロップたっぷりホットケーキ”
の文字に惹かれて、店に入った。


店内には、制服姿の女子高生2人組みと、
カウンターには、つなぎを着た若い男性がひとり、

あとは、カウンターの中の
マスターらしき口ひげの紳士的なおじさんだけだった。

 

私は、「ホットケーキひとつお願いします。」


と注文した。


すると、注文を聞きに来ていたマスターを含め、
女子高生の2人とカウンターの若い男まで、
反射的に私のほうを見た気がした。


「ホットケーキですね。かしこまりました。」


と、マスターはカウンターの中へ戻っていった。


そしてホットケーキが焼きあがったようだった。

マスターはカウンターの上に壷のような
大きな陶器の器を“トン”と乗せ、
その中に出来上がったホットケーキをおもむろに
手でグシャグシャとちぎり、入れた。


(え?・・なに?)

と思っているところへ、マスターから


「ホットケーキのお客様、お待たせ致しました。」


と、声がかかる。


「こちらへお並び下さい。」


(並ぶ?どういうことだろう)


とは思ったが、とりあえずカウンターの上の
ホットケーキが入った壷の前まで行った。

すると、私が注文したはずのホットケーキだが、
なぜか若い男が壷の前にいる。

さらに、ふと気配を感じて振り返ると、
女子高生もうしろに並んでいた。


次の瞬間、若い男は両手を壷に突っ込み、
粉々のホットケーキのかけらと
メープルシロップまみれの両手を壷から出し、
前に進んだ。


「・・すみません、なんですか?これ」

と、マスターに聞くが、


「どうぞ。」


と微笑みがかえってくるだけだ。


状況に脳がついていかず、私は
思考停止のまま、若い男と同じように
壷の中に手を入れ、

ネットリとした感触に両手を浸し、
引き上げた。


「どうぞ。」


さらにマスターに導かれるまま、
若い男について進む私。


後では女子高生2人も
同じ事をしているようだった。


両手から放つ、メープルシロップ独特の
甘い匂いの中で放心していると、


「では、失礼いたします。」


と、若い男が振り返った。

意外といい男だった。


次の瞬間、私の手首をやさしく掴み、
シロップのたっぷりついた指を舐め始めた。


(え・・あっ!)


驚いた。

脳が溶けるようだった。

学生時代はもちろん、
社会に出てからも、こんな激しく
脳がかき回されるような、

全身がしびれるような感覚は味わったことがない。


男は、指と指の間も丁寧に舐め、
口の周りをメープルで子供のようにベトベトにしていた。


「ありがとうございました。」

若い男はそう言うと、
最後尾にいた2人目の女子高生に向かって
歩き出した。

そして私の前には、
もうひとりの女子高生がすでに立っていた。


「よろしくおねがいします。」


と、またもや私は、指をやさしく舐められ、
快感はリセットされることなく
幾重にも積み重なっていくように
全身に溢れた。


結局、最後尾にいた女子高生からも指と手を
舐められた私は、
思考回路はトロトロに溶け、
体も、立っているのがやっとだった。

 

するとそれまでカウンターの中で見守っていた
マスターが、


「ほら、あなたの番ですよ。」


と言った。


私は、焦点の定まらない瞳をしながら、
うっとりと、
若い男の指に顔を近づけていった。

 

 

 

 

 

 

こんな僕らを本当に戦地に行かすんですかそうですか

 


「み、宮下2士は、何で自衛隊入ったの?」


迫2士が話しかけてきた。


自衛隊では、名前を呼ばない。

氏名の氏と、階級でお互いを呼び合う。


僕らは防衛大学出身のエリートとは対極の、

一番下の試験に受かって入った、下っ端中の下っ端だったから、

階級も一番下の、2士(にし)だった。

 

自衛隊に入隊して半年間は、最低ラインの自衛官になるため、
新隊員教育隊、通称新教(しんきょう)で訓練づけの毎日を送る。

そんな新教の前期3ヶ月の訓練も、残りわずかになっていた。

 

「え?何で入ったか?うーん。なんだろうな。まあ、色々あってさ」

 

と、俺は言葉を濁した。


迫(さこ)2士は、俺のバディ(相棒)だった。


新教では、団体行動がものすごく重要視される。

だから責任は班の中の2人1組のバディごとに負うか、

全員で9人の、この327中隊3区隊の3班のみんなで負う。


だれかがヘマをして、

「なんで助けてやらなかったんだ!」

と班長にどやされ、全員で泣くまで腕立てしたことなんて、もう数え切れなかった。

 

俺が入ったのは、高校の卒業生が中心に入隊する4月ではなく、

“季節隊員”と呼ばれる、4月以外の時期に臨時で募集があって

入隊する、8月入隊の隊員だった。


この“季節隊員”はとりわけ、変なやつが大勢いると言われている。


僕らの全4班からなる3区隊はご多望に漏れず、変なヤツの宝庫だった。


学歴は中卒のフリーターから、
大学院まで出ておいて何故か一番下の2士の試験受けて入ってきたヤツ、
ミリタリーマニアが高じて、本物のミリタリーの世界に来ちゃったヤツ、
元ビジュアル系バンドのボーカルや、
空手家、
元銀行マンもいれば、
新宿のホストクラブで店長をしていたヤツまでいた。


そんな変な集団の中にいても、

俺のバディの迫2士は、ひときわ異彩を放っていた。


榴弾を投げる緊迫した訓練の際にも、

「ピン抜け投げっ!」

という鬼の班長の合図で「ぴんぬけなげっ!!」と復唱し、

ピンを抜いて目標の穴に投げ込まなければならなかったが、

迫2士は何故か頭がプチパニックを起こしたらしく、

榴弾をしっかりと握り締め、抜いたピンの方を投げてしまった。


榴弾が訓練用のダミーだったから良かったものの、

本物だったら我が班は全滅である。


当然迫2士は、烈火のごとく班長に怒られただけでなく、

連帯責任で班の全員で泣くまで腕立てをさせられたのは言うまでもない。


そんな生活を3ヶ月近くも24時間体制で生きてると、

いやおうなしに団体行動に体がなじむ。


どこへ行くにも全員で列をなして移動するのも、

メシを5分でかき込むのも、
風呂を5分で済ませるのも、
クソを1分でひり出すのも、
消灯直後に眠るのも、
起床のラッパと共に腹筋で起きあがり、
点呼を3分以内に済ませるために全力疾走するのも、
若さゆえにどうしても溜まる性欲を
共同トイレで一瞬のうちに放出するのも、

すべては団体行動のために身についていた。


しかし元々団体行動が大の苦手の俺も含め、最初は誰もできなかった。


まだ浮き足だち、髪もボーズにされ、
甘え根性が抜け切れないのは入隊式までで、

入隊式を境にそれまで優しかった班長が、鬼に急変する。


「オマエラっ!ここはシャバじゃねーんだよ!!」


と、うちの3班長より怖い、1班の大島班長に言われた時は

衝撃的だった。


24時間体制で見張りのいる門、
駐屯地のまわりにぐるりとめぐらされた鉄柵と有刺鉄線、

なるほど言われてみれば、そこはムショと似ていると思った。


公務員か、犯罪者かの違いである。


厳しい服装点検や、行き先や行動目的など、
事細かに報告しなければ一歩も出られない休日の外出も、

仮出所のような気分だった。

 


「迫は、どこの部隊に行きたいんだよ」


『ぼ、僕は、静岡にかえろうかなって思ってるんだけど・・・』


「そうか、彼女待ってるんだもんな。しかし、いまだに信じられないよな、おまえに彼女いるなんて。しかもヤリまくってたんだろ?おまえとヤルなんて俺が女だっとしたら考えられないもんなあ」


『えへへ、月10万くらいホテルに使っちゃって・・・』


「なに!10万!?うわははは!おまえ本当にバカだろ!
バイト代10万くらいって言ってたじゃねえか、全部ホテル代かよ!」


『い、いや、彼女も出してくれたから・・・』


「わははは!彼女もノッてんのかよ!彼女も注意とかしろよ!お金全部ホテル代はよくないよ、とかさ!お似合いのカップルだな!」


『えへへへ!』


いつもそんなバカ話をしながら、
バディや班のみんなと消灯前の時間を過ごした。

 

そうこうしているうちに、

あっという間に次の後期訓練をする各地方の部隊への配属が決まった。


バディの迫2士は群馬、そして俺は地元の長野へ。


旅立つ前の日の最後の夜は、
鬼の班長が俺たちの部屋に消灯後に来て、
全員に特別に缶ビールをごちそうしてくれた。


消灯後は眠たくなくても寝てないと、
見張りに来た班長に見つかり、お決まりの連帯責任を取らせられるという、
ある意味緊迫した夜が当たり前だったから、

班長からのビールだなんて・・・そんな緩んだ夜は、俺らにこの生活の終わりを肌で感じさせた。

 

翌朝、いつもの、そして最後の朝が淡々と過ぎた。

みんな、なんとも言えない気分だったが、
口々に

「やっと終わるよ!早く部隊行きてえなー」

などと、次の生活のことを口にした。


珍しく、班長はあまり怒らなく、そして妙によそよそしかった。


今になってみれば、班長はみな若い人が指名され、
新隊員の教育という、班長もまた“訓練の場”であったわけだから、

教え子を教え抜いて、自分の手を離れて全国へ旅立つという時に、
少し気が抜けたりよそよそしくなる気持ちは、分かるような気がする。

 

いざ、
各地方の部隊の新しい班長たちが大型のトラックで迎えに来て、
次々と全国に旅立っていく段になると、

早く行きたいと言っていたヤツや班長を含め、

班員、いや、3区隊の全員が、次々に泣いた。


必死で我慢していた俺も、赤い目をした班長に挨拶をした途端、

涙が止まらなくなった。


初めて経験する涙だった。


嬉しいわけでもなく、

悔しいわけでもなく、

悲しいのとも寂しいのとも違う、

不思議な涙だった。


この3ヶ月の間、地べたをはいずり回るようにして、

全然別々の人生を歩んできた変な奴らがみんなで一緒になって、

必死に過ごしてきたその強烈に濃く、辛く、

そして今までの人生で味わった事がない程に充実した時間が、

もう2度と来ないという現実が、自然と僕らに涙を流させていた。


ドナドナの子牛のように、
迷彩服を着た同期たちがトラックの荷台に乗りこみ、

手を振り涙を流しながらひとり、またひとりと去っていく。


俺は最後にバディの迫2士に

「じゃあな。がんばれよ。」

と、それだけ言って、握手をした。


ありきたりすぎる最後の言葉だと思ったが、

それが精一杯だった。


「宮下2士も」


と、言った迫2士の目にも、涙が流れていた。

 

『全員乗ったか!?じゃあ出発するぞ』

 

ガシャン、と荷台のフックがしまり、

俺の新しい部隊へ向かう車が、出発しようとしていた。


これ以上荷台から外を見て、みんなの顔を見たらどうにかなってしまいそうだったから、

俺は自分の巨大な荷物を抱えて泣きながら、

みんなの別れの声を背中に受け、

新隊員教育隊を後にした。

 

あれからもう5年が経つ。

俺は自衛官を任期満了で退職し、

ボーズだった髪も、すっかり伸びた。


バディだった迫や、班のみんなとは、

もうほとんど連絡も取れなくなったが、

後期教育の途中で辞めたり、
俺と同じように陸上自衛隊の任期の2年を満了して退職したり、
自衛官を続けて昇進した同期もいると聞く。


再びシャバの空気にまみれて生き、忘れている今だが、

たまにふと、たった3ヶ月だったあの頃の思い出が、

鮮明に蘇ってくることがある。


あの時を乗り越えたから、今の俺になっているんだと、

そんな時、ぼんやりと感じる。


バカで、必死で、恥もかなぐり捨てて生きた、

あの新教での思い出は、俺の生涯の財産になった。


「あの頃の思い出に恥じないように、

しっかりと幸せに過ごしていかなきゃな」


と、ひとりごちたりしながら、

俺は今日も淡々とした毎日を、大切に過ごしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※フィクションです

 

 

さよなら僕は君から産まれなおす




「だめよ。自分で決めるの」


『どうして?僕には決められないよ。今までだって、ずっと決めてきてくれたじゃないか』


「私は、なんでも私の言うことを聞いてくれる貴方が好きよ。でも、同時に罪悪感もずっと感じているの」


『そんなの感じる必要ないじゃないか。僕だってそう望んできたんだ』


「あなたが幸せになれるだけの情報は、現代の日本なら十分なほどあるよ。その中から、好きなのを選べばいい。それだけのことだよ」


『だから、それが僕にはできないんだよ、知ってるでしょう?僕は何にも決められないって。お願いだよ、決めて欲しいんだ』


「ダメ。ホントはね、とことん利用するつもりだったのよ?貴方のこと。でも、身体を重ねていくうちに、情が出てきちゃった。心を鬼にしきれなかった」


『利用してよ!僕のこと、ずっと利用してよ!僕の居場所は貴女の側しかないんだ!』




それが、年上の彼女との最後のやりとり。

それっきり、彼女は一切喋らなかった。






いや、本当は彼女は最初から喋ってなんかいない。

彼女は、働いていた頃の最後の貯金をはたいて、僕が70万円で買ったラブドール


幸せな9ヶ月をありがとう。
僕は明日、ハローワークへ行く。



彼女は初めて会った時と同じ
心の中までも見透かすような目で


いつまでも僕を見つめていた。

キラキラ

 

 

うつ病と診断されたのは、
大して暑くも無かった夏の終わりだった。

すこしのショックもあったが、
(やっぱりそうか)という気持ちが大半を占めていた。


このベンチャーな会社に、
そして会社を通して社会に少しでも貢献できるならと、
ひとり夜遅くまで頑張ったりもした。


異変を感じたのは、そんな頃だった。

とにかくぼーっとしてしまう。
仕事が全くできない。


(疲れてるんだろう、忙しいしな)


と、思って気にしないで毎日を過ごしているうちに、

朝、ベッドからどうしても起き上がれなくなった。


会社に事情を説明すると、

(1ヶ月くらいのドーンとした休みが欲しいなぁ)

と、密かに描いていた小さな夢が、
給料の出ない“休職”という形で、叶ってしまった。


幸い、結婚はしていたが子供はおらず、
妻も働いていたから、
1ヶ月くらい収入が無くても、
すぐに生活苦になる心配は無かった。

しかし、
自分が働いて稼いでいない食事だと思うと、
ご飯もおいしくなくなっていった。


そして、予定の1ヶ月が経っても
仕事ができるまでに回復せず、
会社にその事を告げると呼び出され、
退職になると告げられた。

「解雇ということですか?」

と聞くと、

「いえ、会社の規則上の理由での自然退職という形です。」

と言った。


“自然退職”だなんて
なんて不自然な言い回しだろうと思った。

要はクビということだろうが、
なんだかもう、どうでもよくなっていた。

 

数ヶ月経ち、運良くうつ病がほぼ完治した俺は、
幸せのありかを探した。

すると、
この社会の見えないレールに乗っているヤツの方が、
アウトローな人々よりもはるかに変態に見えてきた。

 

そして俺は、アダルトDVD業界で働きだした。


今日の撮影は、
“人間ウォシュレット”という企画の、便器役だ。

 

毎日が、笑顔で満ち溢れている。

 

あたしのGonna Fly Now



あたしの素顔は、激ブスだ。

自分でいうのもなんだけど、ブスは罪だと思う。


ブス自体が罪なんじゃなくて、
世の中におけるブスが、罪なのだ。


若くて、かわいい女には、
青年も、おじさんも、少年もおばさんも、
全くかなわないのだから、
当然ブスだって、かなうわけがない。


若くてかわいい女に許されて、
ブスに許されないことの多さは、
あたしが身を持って、知っている。


ブスは、ドジを踏むことさえ、許されない。


一度、若くてかわいい女友達と同じ場所、同じタイミングで
転んだことがあった。


あの時見上げた、若くてカッコいい男の
困った顔は忘れられない。

あたしが空気として扱われ

あたしだけが自力で立ち上がったことも。



いつか、ぶっころす。



ある飲み会でのことだ。

酒を飲んで盛り上がった男子たちが、美人について話し始めた。


あたしは、ブスの急先鋒として、

「美人は3日で飽きる、って言うよー」

と言ったら、たいしてかっこよくもない年長の男が
真顔でこう言った。


「美人は3日で飽きる、というのは、ブスの自殺を救うための嘘だからね」




あいつ、ぜってえころす。



あたしの決意は固かった。


まず、痩せた。

殺意のみで、痩せた。

殺意ダイエットだ。


鬼の形相で、走った。
走るときに必ず聞いたロッキーのテーマはもはや、復讐のレクイエムにしか聞こえない。


次に、化粧。

5人のプロに、各数時間かけて化粧してもらい、
それを自宅に帰って分析して、あたしの顔が一番変わる、
ほとんど魔術に近い、魔法メイク術を手に入れた。

本当はもうすっかり、心は悪魔そのものだったけど

そこはオトコウケを狙って、小悪魔メイクにさえならないよう、見事にナチュラル(に見えるよう)な完璧すぎる魔法。



「12点」
と、面と向かって言われたことのあるあたしは、

ぱっと見、

というか、どう見ても、95点になった。



まず、あたしが転んだ時に手を差し伸べなかった男を、誘惑した。

誘惑の仕方なんてさっぱり分からなかったが、
95点のあたしに、そんなものは必要なかった。


あっという間に、ホテルに到着。

すぐさま男の身ぐるみを剥いでやった。
そしたらそいつ、雨に濡れたオスの子犬みたいにクンクン甘え始めた。


あたしの心に、グッとこみ上げる黒いものがあった。


スッパダカのオス犬野郎の大事なとこを、思いっきりふんづけてやったら、
「ンンー!!!」
と一度、汚く鳴いて、あっという間に果てた。



あたしの心の黒いものが、全身を突き抜ける。



嬉しすぎて何かをケリたくてたまらず、
使い終わったコンドームみたいにぐんにゃりしてる男を
とりあえず笑いながらケリまくった。


ボコボコにされながら男は「痛いです」とは言うものの、

その顔はどこか嬉しそうだ。



あたしは、

「あんた、ブスって好き?」と男に聞き、

「・・・え?どういう意味ですか?」

と聞き返してくる男に、心の底から言ってやった。




「ばーーーか。」




オス犬をそのままに放置して一人だけサッサとホテルを後にしたあたしは、
街中でショーウィンドウに映る自分を見た。

点数でいえばほぼ満点に近い女が、笑みを浮かべて、そこにいた。

 

 

 





エイドリアーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!





オコノミ

 

小学生の頃から、お好み焼きにマヨネーズで「お母さん」と必ず書いて食べた。


お父さんはそれを見る度、やめなさいと僕を叱った。
現実を認めることから、全ては始まるんだよと、毎回同じことを言った。
それとも新しいお母さんが来た方がいいのか?とも聞かれた。

お父さん、何言ってるんだろう。

僕のお母さんはもう、お好み焼きなのに。

と言うとちょっと大袈裟かもしれないけど、お母さんと書かれたお好み焼きを想像しただけで包まれる、気持ちの暖かさは、母性という言葉以外には当てはまらない気がする。


僕は、彼女ができるたびに、お好み焼きを作ってとお願いした。

「でもさ、ナルミ君てお好み焼き食べた後って、絶対エッチしてくれないよね」

当たり前だろう。
じゃあ逆に聞きたいけど、君は母親と電話した後に必ずムラムラして、君を抱くような男がいいのか?

僕は、母性(それが勘違いだろうとも)を感じたいのであって、母と性欲を結びつけるなんて、Xvideoの中だけの話だと思ってる。(それにしたって僕には興味がないけれど)


初めて関西に行った時、

お店の人がお好み焼きを焼いてくれることに驚愕した。

僕は店員さん(しかも女性だ)に、マヨネーズで『お母さん』と書いて欲しいと頼んだ。

一緒に行ったその時の彼女は、露骨に嫌な顔をした。

「あなたのお好み焼きに対する想いは、何度も聞いたから知ってるよ?知ってるけど、私と初めての旅行先で、お母さんは無いんじゃないの?」

この女は何を言ってるんだろう。と思った。
お店にくれば、女の店員さんに『お母さん』入りのお好み焼きを作ってもらえるんだぞ。

なら、君はほとんど用なしじゃないか。


きっちり1週間後、僕は関西に引っ越した。
仕事はやめた。
あの彼女は、捨てた。
理由を正直に話したら、「ふっざけないでよおおお!」と激怒していたけど、知るもんか。

だって、関西のお好み焼き屋には、僕の全てがあったのだから。