抱きしめ合ったら脇汗

1年ごとテーマの変わる冬眠型もてらじ村民ブログ

おさとう

 


「わしにも、女の子の時代があったですよ。

裕福じゃなかったけんど、今はそれで良かったと思ってるです。

ずーっとお金があったら、なにが幸せなんだかも

分からなかったじゃねえかと思いますよ」


おばあちゃんはそう言って、

炊きたてのほかほかご飯を、砂糖たっぷりで甘辛く煮付けた鰯と一緒に

もぐもぐと美味しそうに食べた。

 

「なるほど・・」

とだけなんとか反応したが、宮下洋太は言葉につまる。

洋太の横で、島本由美子が泣いているのが分かったからだ。


涙の理由も、洋太には分かった。

島本由美子は高校生の今でこそ、普通の女の子だ。
なんなら、男子にも結構人気がある。
腰近くまである髪の毛は、黒と青を混ぜたような、思わず見とれてしまうような色をしているし
あまり主張はしないが、たまに笑うとどこか寂しそうで嬉しそうな不思議な笑顔をする。
まわりの男どもに言わせると、なんだか守ってあげたくなるそうだ。

しかし、由美子は小学生の頃、誰からも守られていなかった。
特に、親から。

当時から長い髪は、いまと違って艶はなく、しらみがたっぷりと棲んでいた。
昭和の戦争の頃の話ではない。
今からほんの数年前、スマホだって余裕で存在した時代の話だ。

小学校が一緒だった洋太が、高校の弓道部で再会する前に、
最後に由美子を見たのはたしか小学5年だったと思う。

いつも、ボロボロの服装で、2つ下の妹と一緒に登下校していた。
由美子に友達は、いなかったんじゃないかと思う。
むしろ、いじめの対象だった。

当時担任だった松田先生は、まだ20代で、保護者会に参加してきた洋太の母からも
「有名大学のラグビー部だったわりには、ちょっと頼りないわね」
と言われていた若者で、由美子をどうしていいかと困惑しているのは明らかだった。

 

由美子の両親には、子供を育てる能力が、なかった。

 

「由美子と高校で同じ部活になった」と、洋太が夕食の時に口にすると
「えっ!?そうなの?そうかーあの姉妹かぁ。私もよく覚えてるよ。あの時はね…」
と、母が小学校当時の由美子と、由美子の親のことをあれこれと喋り始めた。

要約すると、
父親と母親の間にはDVという問題があり、
母親個人にはパニック障害という問題があり、
親と姉妹の間にはネグレクトという問題があり、
家族には貧困という問題があった。ということだった。


その後、親元から行政により施設に引き取られたのが小学5年の時。
つまり、洋太が最後に由美子を見た時だということが分かり、
時系列と事情がつながった。

ぼんやりではあるし、小5から中学卒業までどう過ごしたかは知らないが
そんな風に由美子の全体像を知っている洋太が

冒頭のおばあちゃんの言葉を由美子が聞き、
幼き自分や妹の貧困を思い出していることを察知できないわけはなかった。


弓道部の夏合宿初日。
校外顧問のおじいちゃん先生の自宅道場
みんなと別行動で、夕方まで先生の奥さんのお手伝いを命じられた洋太と由美子。
3人でとった昼食の席でのあの涙が、今思えば始まりだったのかもしれない。

 

 

 

 

 


続く?