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抱きしめ合ったら脇汗

1年ごとテーマの変わる冬眠型もてらじ村民ブログ

それでも僕は誰かの胸の中

2015年『創作ショート』

 

 

 


もうどのくらい経っただろう


この前、世界が終りました


あっという間でした

生活の空気を残したまま、町並みを残したまま
人間はいなくなりました


大好きな妻と、僕だけを残して。

 

世界が終るまえ、僕は
(この人と、世界に2人だけでもいい)
とさえ思っていました。そのくらい大切な人でした

 

でも、本当に世界が終って、
僕たちはケンカばかりするようになりました


本当なら、こんなときこそ支えあえるはずの相手なのに
(もうこの人の顔しか見ることができないんだ)
と思えば思うほど


なんでだろう
大好きだったはずのあの人の顔を見るのも辛くなっていきました


次第に、昔好きだった人達がどんどん頭に浮かんできて
妻以外の女性のことばかり考えるようになりました


そして妻の方も、僕の顔を見ることはもちろん
そばにいることさえも苦痛に感じ始めているということが、手に取るように伝わってきます

 

まわりの環境なんかに関係なく愛し合っていたはずの僕ら2人は、
まわりの環境が変わったというきっかけだけで、
ついには別々に生きていくことを選択しました


僕と妻は、お互いを一度も振り返らず、反対の方向へと歩き去りました

 


もうどれくらい経っただろう


僕は、とても孤独です
孤独は、気が狂いそうになるほどつらい

それでも、ふたたび妻に会いたいとは、思いませんでした


僕が妻に感じていた、あの絶対の愛情や、絆は
いったい何だったのか

人の心変わりの恐ろしさが、現実として僕の中に現れ、
実感として体中に刻み込まれました


次第に僕は心を壊し、誰もいない薬局や病院に忍び込んでは
安定剤をバリバリと、ピーナッツみたいに食べるようになりました


食欲も失せ、荒んだ僕の心にひとつだけ確かに残ったものは

少なくとも僕は

誰か一人だけを愛せるほど純粋な心を持ち合わせてなんかいない

ということ

 

あれだけ愛したはずの妻
次々と頭に浮かんでくる、好きだった人や、好きだと言ってくれた人達

純情で一途だと思い込んでいただけの
ただの気の多い僕


いつの間にか僕は、地面にうずくまっていました

歯を食いしばって、自分を責めながら、
悔しくて、
悲しくて、
申し訳なくて、
車も人もいない道路にひとりヒザをついて、
頭をコンクリートにガンガン打ち続けました

 

 

その時でした


「もうやめな。死んじゃうよ」


顔を上げると、そこには、
妻と結婚することになったと告げた時に
「・・・うん。分かった」
とだけ言って去っていった女性が立っていました


「ごめんね。嘘なの」


「世界が滅んだのもね、全部嘘なの」

 

気がつくと、僕の周りには、知っている人たちがたくさんいました
みんな、申し訳ないという顔で、僕を見ていました

『なんで?』

僕は、放心状態で聞きました


すると彼女は、僕の頭を抱えて

「ごめんね。ほんとうにごめんね。
私が謝ったからってどうなることでもないんだけど、
ほんとうにごめんなさい」

と言って、身体を震わせて涙を流しました


いつの間にか僕は、彼女の服に顔を押し付けてしがみつき、
狂ったように大声で泣いていました


妻ではない人の胸の中は、信じられないほど僕を癒しました

 

 

世界が元に戻って、

僕は正式に、妻と離婚しました

 

とりあえず、再び僕は日常を生きています


生きることは、失っていくこと
得て、失っていくこと
妻と結婚していた頃の僕は、
なにもかもを未来に持っていこうとしていました

 

僕はきっとまた、女性を好きになる

その時には、その人の全部を請け負おうとするおごりは
もうやめようと思っています