おしりのお仕事
世の中が、おしりにオープンな世の中になってずいぶん経つ。
10年ひとむかし、なんて言うけれど、本当にそうだ。
10年前は、女が男にお尻をなでてもらうことが、ぜんぜん一般的じゃなかった。
市民権を得た、とでも言おうか。
町の大きなスーパーのテナントに、もみほぐし系のマッサージ店があったりするが、
それとほぼ同じくらいの割合で『おしり撫で』の店が無数にある。
基本的には‟おしりを撫でる側”は男性だったが、最近では男になでられるのに抵抗のあった同性愛者の方に向け、女性スタッフを常駐させるサービスもあったりする。
そのように異性を意識しているという面では、マッサージよりも多少はセクシュアル寄りなのかもしれない。
僕が小学生の頃にはすでに、おしり撫では定着しつつあったし、
一度親戚のお姉さんに、「色々疲れたからちょっと撫でてくれる?」
と言われて撫でたら、素質があるよ、うまいねと褒められた時からぼんやりと、
(将来はおしり系の仕事をしたいなぁ)と思うようになっていたので、
大学卒業後の進路に迷わずおしり系のサロンに就職した。
正直、自信はあった。
しかし、研修を終えて、お店に出てから一週間。
僕がおしりを撫でた女の人が、眉間にしわを寄せて何かを我慢していたり、涙を浮かべていたりすることが続いた。
そしてちょうど一週間目の最後のお客様に、ぼくは大声を出された。
「ふざけないで!そんな触り方して!」
お疲れさまでしたと声をかけたが、なかなかベッドから起きないなと思ったら、
急に立ち上がり、赤い顔をしてそう叫んだ。
「愛情込めたでしょ!!やめてよ!!」
「あなたね!愛情込めて触られたこっちの身にもなってよ!あんなに優しくなでて、さぞかしあなたの自己は満足したでしょうね!でもあなたに押し付けられた愛情を抱えて、私はこれから誰もいない家に帰るの!!!意味分かる!?それとも何なの?今後の責任とってくれるとでも?違うでしょ!ふざけないでよ!!ふざけないで!!!」
立ち尽くす僕は早々とバックヤードにさげられ、店長が平身低頭して謝っていた。
後で聞いたが、店長は僕のおしりの撫で方が一部のお客様の逆鱗に触れることを知っていて、泳がせていたそうだ。
感情や愛情の加減というのが、おしりを撫でるプロとしての腕の見せ所であり、新人がお客様に泣かれるというのは、この業界では登竜門というか、必ず通る道らしい。
(女の人を泣かしてしまったけれど、やっぱりこれは、いい仕事だ。もっとおしりの事を知りたい)
そう思いながら僕は、帰路に就いた。